労働判例
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労災認定を受けた企業名の不開示決定は適法(大阪高裁 平成24年11月29日判決)

 

過労死などで従業員が労災認定を受けた企業名を開示しないのは違法だとして、市民団体代表が大阪労働局の不開示決定の取消を求めた訴訟の控訴審判決が平成24年11月29日に大阪高裁でありました。

大阪高裁は、脳・心疾患による死亡で労災認定がされただけでは、企業側に過失や法令違反があることを意味しないにも関わらず、社会的には「過労死」「ブラック企業」という否定的な評価がなされることで、企業の信用が低下し、利益が害される蓋然性が認められるとして、不開示決定は適法であると判断し、開示を命じた大阪地裁判決を取消し、請求を退けました。

厚生労働省が公表している「平成23年度「脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況」まとめ(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002coxc.html)によれば、精神障害の労災請求件数は3年連続で過去最高を更新しており、相変わらず増加傾向にあります。

労災認定の可否は、「業務上」であるか否かにより判断されますが、判定基準は多岐にわたり、「過重な労働」や「職場のいじめ・嫌がらせ」によるものだけではなく、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」「悲惨な事故や災害の体験、目撃をした」など、必ずしも企業側の安全配慮義務違反などが認められない事由によるものも多々あることから、今回の裁判の判断は、極めて正論であると思われます。

また、近時では、ソーシャルメディアなどのインターネット上のサービスを利用することで、情報が即時に広範囲にわたり拡散することから、企業にとってレピュテーションリスクマネジメントはとても重要な課題となっていますが、大阪高裁の判決は、こうした社会的状況も踏まえたうえでの判断と考えられ、非常に納得感の高い判決だと思います。


アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件(東京地裁 平成24年1月13日判決)

 

退職後2年以内の競合他社への転職禁止および違反した場合の退職金不支給条項は、職業選択の自由を不当に害し、公序良俗に反して無効とした事案

 

本件の原告は、外資系保険業者であるアメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー日本支店(以下「アリコ社」といいます。)の元執行役員の49歳の男性で、在職中は保険商品を代理販売している提携金融機関への営業を統括していました。2009年6月にアリコ社を退社し、翌月に別の生保に転職したことから、アリコ社は退職金不支給条項に基づき退職金を支給しませんでした。

原告は、アリコ社の競業避止条項は2年間という長期間にわたり地域を問わず他社への就職を禁止するもので、代償措置もないことから、退職金不支給条項による退職金の支払い拒絶は公序良俗に反すると主張しました。

裁判所は、原告は、アリコ社で機密情報に触れる立場になく、転職後は在職中の業務とは異なる業務に携わっており、アリコ社に実害が生じたとは認められないと指摘し、また、転職先が同じ業務を行っているというだけで転職自体を禁じるのは制限として広すぎ、禁止期間も相当でないとし、本件競業避止義務条項は職業選択の自由を不当に害するもので、公序良俗に反し無効とし、これを前提とする退職金不支給条項も無効として、原告の退職金約3000万円の請求を認容しました。

雇用の流動化が進む中で、優秀な人材の流出やノウハウの流出防止を目的として、就業規則に競業避止義務規定や退職金不支給条項を定めることは、企業において一般的に行われていることと思われます。

しかし、労働者の転職を過度に規制することは、憲法が保障する「職業選択の自由」の侵害にあたり、訴訟で争われた場合には、無効と判断される可能性が高いものといえます。原告の代理人弁護士は、外資系企業では保険業界に限らず同種の条項を定めるケースが多く、「名ばかり管理職とされる執行役員の転職を安易に禁じることに警鐘をならす判断だ」(平成24年1月13日付日経新聞)としています。

企業としては、本件を契機として、労働者性を有する執行役員の競業避止義務や退職金不支給にかかわる自社の就業規則について、見直してみることがよいと思われます。


ヒューマントラスト事件(東京地方裁判所 平成23年9月22日判決)

 

取引先に虚偽の事実を告知したことにより会社に甚大な損害を与えた支店長代理の懲戒解雇は有効であるとした事案

 

本件は、労働者派遣事業を営む株式会社ヒューマントラストの西日本支店統括大阪支店支店長代理であった原告が、被告である会社の大口取引先に対し営業上の虚偽の事実を告知するなどして会社との継続的な取引関係を終了させ、年間売上高にして2億円超の損害を与えたことなどを理由として懲戒解雇されたことについて、懲戒解雇の無効を争った事案です。

裁判所は、会社が主張する3社のうち2社に対する原告の言動は懲戒解雇事由に当たるとし、また、手続き上の正当性も具備されているとして、本件懲戒解雇を有効と認定しました。

なお、本件について、裁判所は、会社から家電量販店に派遣されていた派遣労働者らが平成21年6月に一斉に会社を退職し、7月以降、同業他社から同家電量販店に派遣されていた事実が伺えるとしつつも、これ自体が本件の争点ではなく、派遣労働者の引抜きの実態も必ずしも明らかではないとしています。

複数の企業がトップ争いをしている業界では、社員の引抜きの問題が起こりがちです。同業他社あるいは仲介者により多数の社員が一斉に引き抜かれたようなケースでは、引抜き行為によって会社が被った損害を立証することは比較的容易です。他方、優秀な社員が一人、二人と徐々に引き抜かれていくようなケースでは、引き抜かれた社員が会社の顧客を引っ張って行ったことが明らかであるような場合を除き、引抜きによって被った損害を会社が立証することはかなり難しいものと思われます。

優秀な社員をいかに確保するかということは、どの企業にとっても重要な課題です。労務リスクマネジメントの一環として、企業は自社社員の引抜き予防対策にしっかりと取り組む必要があると思われます。


オリンパス配転無効事件(東京高等裁判所 平成23年8月31日判決)

 

社内のコンプライアンス窓口に上司の行為を通報したことで配置転換などの報復を受けたとして従業員である控訴人が配転命令の無効確認と損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、請求を棄却した一審東京地裁判決を変更し、配転先で勤務する義務がないことを確認するとともに、会社と上司に220万円の賠償を命じた事案

 

控訴人は、大手精密機器メーカー「オリンパス」の男性社員(50)で、判決によると、この男性社員は、精密検査システムを販売する部署のチームリーダーだった2007年6月に、上司が機密情報を知る取引先の社員を引き抜こうとしていることを社内のコンプライアンス窓口に通報し、その後、専門とは別の部署へ配置転換が行われました。

男性社員は、会社の男性社員に対する配転命令は、上司らによる取引先従業員の雇入れについて男性社員が会社のコンプライアンス室に内部通報したことに対する報復であり無効であるとして、配転命令に従う義務のないことの確認を求めるとともに、配転命令及び上司らによる嫌がらせ(パワーハラスメント)は不法行為が該当するとして、会社及び上司2名に対して損害賠償を請求しました。

一審では、通報は公益通報者保護法の保護対象に当たらないとし、配置転換も通報が理由とは認め難いとして、会社に人事権の濫用はなかったとして請求を棄却しました。

これに対して、控訴審では、通報に反感を抱いた担当部長が業務に関係なく必要のない配転をしたもので動機は不当と認定し、内部通報による不利益な取扱いを禁じた社内規定に反し、人事権の濫用に当たると判断し、原判決を変更して、配転命令に従う義務のないことの確認を認めるとともに、会社及び上司1名に計220万円の賠償を命じました。

会社によるコンプライアンス違反などの不祥事は、社員や取引先業者などの内部関係者による告発で発覚することが少なくありません。

内部告発をした者を会社による不利益な取扱いから保護するため、労働基準法では会社に同法違反があることを労働基準監督署に通報した労働者に対して、会社が解雇等の不利益な扱いをすることを禁じています。公益通報者保護法も、公益通報をした通報者(労働者)に対する不利益な扱いを禁じています。

また、これらの法律による保護を受けられない場合であっても、解雇や配転、降格などについて不当なものであるとして人事権の濫用を裁判で争われた場合、無効と判断される可能性があります。

真実の告発をした者に対して会社が懲戒処分や不利益な取扱をした場合、そのことが明るみに出れば、かえって会社の名誉や信用を傷つけ、会社の評判(レピュテーション)に大きくマイナスの影響を与えることにもなりかねません。

会社としては、こうした点について理解したうえで、内部告発をした社員への対応については、事実確認を十分に行ったうえで慎重に検討することが必要とされるものと思われます。


INAXメンテナンス事件(最高裁判決 平成23年4月12日判決)

 


住宅設備機器のメンテナンス会社と個別に製品の修理や点検などの業務委託契約を結んだカスタマーエンジニアが、会社と団体交渉できる労働組合法上の労働者にあたるかどうかが争われた訴訟

 

本件は、住宅設備機器の修理補修等を業とする会社である被上告人が、被上告人と業務委託契約を締結して修理業務に従事するカスタマーエンジニア(CE)が加入した労働組合から労働条件の変更等を議題とする団体交渉の申し入れを受けたのに対し、CEは労働者に当たらないとして申し入れを拒絶したところ、中央労働委員会が同社に団体交渉に応じるよう命じたため、この命令の取り消しを求めて提訴し、1、2審で判断が分かれていたものです。

最高裁は、

  1. CEは被上告人の事業の遂行に不可欠な労働力として被上告人の組織に組み入れられていたこと
  2. 業務委託契約の内容は被上告人が一方的に決定していたこと
  3. CEの報酬はその額の決定方法から労務の提供の対価としての性質を有しているといえること
  4. CEは基本的に被上告人による個別の修理補修等の依頼に応ずべき関係にあったこと
  5. CEは被上告人の指定する業務遂行方法に従い、その指揮監督の下に労務の提供を行っていたこと
  6. 業務について場所的にも時間的にも一定の拘束を受けていたこと

などを認めたうえで、これらの事情を総合的に考慮して、CEは被上告人との関係において労働組合法上の労働者に当たるとするのが相当であると判示しました。

塾講師や旅行添乗員、建設作業員などの職種の場合、個人が事業主として会社との間で業務委託契約や請負契約を締結することが少なくありません。これらの契約形態で仕事に従事する場合は、基本的には「労働者」として扱われず、労働法が適用されることはありません。

しかし、本件最高裁判決により、たとえ個人事業主として会社と業務委託契約を締結している場合であっても、実際の就労状況によっては、労働者と認められうることが示されました。

業務委託契約や請負契約により会社の主要業務を日常的に外注している会社においては、契約内容の決定方法や業務遂行の実態などについて留意することが必要であるものと思われます。


フォーカスシステムズ事件(東京地判 平成23年3月7日)

株式会社フォーカスシステムズのシステムエンジニアの男性(当時25歳)が急性アルコール中毒で死亡したのは、会社が過労を認識していながら適切な対応をとらなかったからだとして、男性の両親が会社に対して1億円の損害賠償請求を求めていた訴訟について、平成23年3月7日、東京地方裁判所は、男性の死亡と過労との因果関係を認め、会社に対して5960万円の支払いを命じました。


判決によれば、この男性は2006年9月、無断欠勤をして京都市に向かい、河川敷でウィスキーなどを多量に飲んで死亡しました。

死亡前の2か月間の時間外労働はいずれも100時間を超えており、裁判所は、過重な労働で精神障害を発症し、過度の飲酒にいたったものと認定しました。また、上司らは、長時間労働を把握していたに指導・支援を怠ったとしました。

IT系企業の場合、特にソフトウェアやシステムの開発業務などに携わるエンジニアは、最先端の高度な技術が求められる一方で、納期に追われることが多いことなどから、メンタルヘルスに不調をきたす社員の割合が他の業種と比較して高い傾向にあります。

特に若年の社員の場合、体力に自信があったり、仕事に熱を入れ過ぎたりで、つい無理をしてしまいがちですが、本人も気が付かないうちに悪化させてしまうことも少なくありません。

メンタルヘルスの問題は、対応が遅れてしまうと人の命にまでかかわる事態に発展しかねないことから、会社として、社員の健康管理に配慮すること、具体的には、上司による部下の労働時間の管理や健康状態に対するチェックが常に適切に行われる仕組みを整えると共に、上司である中間管理職に対して部下の労働時間管理や健康管理に関する指導・教育を適宜行うことが求められます。

東芝深谷工場事件(東京高判 平成23年2月23日)


うつ病を発症し、休職期間満了により解雇された原告について、うつ病の発症は業務に起因するものであり、被告には安全配慮義務違反があるとして、解雇無効及び損害賠償請求が認められた事案

原告は元従業員の女性で、平成12年から東芝の深谷工場で液晶生産ラインの開発などを担当していましたが、平成13年4月にうつ病と診断され、同年10月から欠勤していましたが、平成16年9月に休職期間満了により解雇されました。

一審の東京地方裁判所は、労働基準法19条にいう「業務上」の判断は、労働災害補償制度上のそれと同一であるとしたうえで、原告の業務内容や労働時間数に照らし、うつ病の発症と業務との間に相当因果関係が認められるとし、また、被告には安全配慮義務違反が認められるとして、解雇を無効と判断するとともに、損害賠償請求を一部認容し、慰謝料等約835万円と未払い賃金の支払いを被告に命じました。

本件について、第一審の東京地方裁判所では、労働基準法19条1項の「業務上」の意義について、次のように述べています。

「労働基準法19条1項において業務上の傷病によって療養している者の解雇を制限している趣旨は,労働者が業務上の疾病によって労務を提供できないときは自己の責めに帰すべき事由による債務不履行であるとはいえないことから,使用者が打切補償(労働基準法81条)を支払う場合又は天災事故その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合でない限り,労働者が労働災害補償としての療養(労働基準法75条,76条)のための休業を安心して行えるよう配慮したところにある。そうすると,解雇制限の対象となる業務上の疾病かどうかは,労働災害補償制度における「業務上」の疾病かどうかと判断を同じくすると解される。そして,労働災害補償制度における「業務上」の疾病とは,業務と相当因果関係のある疾病であるとされているところ,同制度が使用者の危険責任に基づくものであると理解されていることから,当該疾病の発症が当該業務に内在する危険が現実化したと認められる場合に相当因果関係があるとするのが相当である。したがって,労働基準法19条1項にいう「業務上」の疾病とは,当該業務と相当因果関係にあるものをいい,その発症が当該業務に内在する危険が現実化したと認められることを要するというのが相当である。」

裁判所はこのように判示したうえで、原告の業務の量(時間)、質(内容)からうつ病の業務起因性を認めています。

また、被告においては平成12年4月に「こころの“ほっと”ステーション」を設置して、従業員のメンタルヘルス対策に着手していたこと、そして、平成13年3月・4月に「時間外超過者健康診断」の問診結果から、原告が頭痛、不眠等の自覚症状を訴え始めていることを認識していたことから、被告は同年4月には原告について、その業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていたものと解するのが相当であるとしています。

原告と被告の双方が控訴しましたが、二審の東京高等裁判所(平成23年2月23日)は、双方の控訴を退け、慰謝料については、労災認定による休業補償支給分などを差し引くこととしました。

本件では、原告の元従業員は、上司に対し業務の担当ができない旨を申し出ていたましたが、上司はこれを認めませんでした。また、食欲の減退、不眠などの症状を訴えていましたが、上司は、「大丈夫か?」などと声はかけていたものの、担当業務から外すことはしませんでした。

メンタルヘルスの不調を訴える従業員、あるいは、メンタルヘルスの不調が懸念される従業員がいる場合、会社としてはできるだけ早期に対応することが求められます。

従業員が示すシグナルを見落としたり、業務多忙などを理由に見て見ぬふりをしたり、対応を遅らせたりした場合、重症化して取り返しのつかない事態にも発展しかねません。

メンタルヘルスのトラブルは、従業員のみならず会社にとっても大きな損失をもたらすものであるということを十分に認識していただくことが重要であると思われます。


フィリップ・モリス・ジャパン事件(東京地裁 平21(ヨ)第21167号)

 

コンプライアンス規定違反等の理由による諭旨退職が有効とされた事例

 

本件は、就業規則等に違反したなどの理由で諭旨退職処分を受けた元社員が会社に対し、退職願を提出して退職の意思表示をしたのは、人事部長の強迫により強制されたものであるから、これを取り消す、または、この処分は問題のある社員からの報告等を会社がそのまま信用して行ったもので、会社の錯誤により誤ってなされたものであるから無効であるなどと主張して、仮の地位の確認と賃金の仮払いを求めた事案です。

裁判所は、元社員が営業成績を上げるために部下に対して会社が禁じている行為を行うよう指示しながら、会社の調査において自身の関与を認めず、その責任を部下に負わせようとしたこと、また、この件に関して会社からコンプライアンス調査を受けた際に、その内容を部下に漏らしたあげく、部下に対し虚偽報告をするよう求めたなどの事実を認め、元社員が会社の諸規程や方針に違反したことを認めました。また、会社がコンプライアンスやインテグリティ(高潔さ、廉直さ)を重視していることを認めたうえで、元社員が行った諸々の所業は会社の方針等に合わない無責任な態度といわざるを得ないとして、元社員の主張を退けました。

会社法の下、会社には内部統制が求められますが、この内部統制の前提となるものがコンプライアンスの徹底です。コンプライアンスを徹底できず不祥事を発生させてしまえば、会社は存亡の危機にさらされてしまうことにもなりかねません。このような状況のもとにおいて、本事案は、社員のコンプライアンス違反に基づく懲戒処分を有効と認めた事案として、注目に値するものと思われます。

S輸送事件(東京地裁 平成22年10月29日判決)

 

セクハラ行為による降格処分は有効としながら、年度途中での年俸額の一方的減額は無効とした事案


本件は、派遣社員の25歳の女性従業員Iが、営業所次長であるAから、自分が具合が悪いのに乗じて、タクシーの中でスカートをまくられるというセクハラ被害を受けたと職場の上司である総務部副部長のBに相談したところ、BはAから事情説明を受け、Aの説明が真実であると信じたことから、取締役等にIからの被害申告の事実について、Aの説明が真実であると報告しました。


その後、Iは会社を退職し、Aは営業所副所長に昇格しましたが、昇格の約1ヶ月後に、会社はIからの被害申告はセクハラ行為に当たるとして、Aを次長代理に降格し、これによりAの年俸は770万円から680万円に減額され、また、Iの上司であったBについても降格処分に付し、これによりBの年俸は840万円から800万円に減額されました。

AとBは、降格処分の無効を主張して降格前の地位にあることの確認と降格前の賃金月額との差額の支払いを会社に対して請求しました。

裁判所は、Aによるセクハラ行為を認定し、降格処分を有効としました。また、Bについても、Bは総務部副部長の地位にありながら、その職責にふさわしい責任をまっとうしていなかったとして、降格処分を有効としました。

しかし、降格による年俸の減額については、会社がいったん決定した年俸額を年度途中に行われた降格に伴って一方的に減額することができる旨の権限が会社に付与されていたと認められるにたる確たる証拠はないとして、降格処分に伴ってなされた年俸の減額措置については、無効としました。

この判例から学ぶことは、会社が賃金制度について年俸制を適用している場合、年度の途中において降格処分が行われた場合、これに伴い、年俸額の減額が同時に行われる旨の規定を就業規則や賃金規程において明確にしておくことが必要とされるということであると思われます。

出光タンカー事件(東京地裁 平成22年10月18日判決)

 

自殺の原因は上司の厳しい叱責であるとして、業務上災害を認め、遺族補償不支給処分を
取り消した事案

 

本件は、経理課の課員であったA(死亡時43歳)がうつ病を発症し、出向先の本社ビルから飛び降り自殺したのは、業務に起因するものかどうかが争われた事案です。

Aの上司は、Aが本社に出向してきた当初、Aを将来の幹部候補に育てようと指導していましたが、Aは業務を期限までに達成できないなど、上司の期待に応えられなかったことから、上司は次第にAを管理職に育てることをあきらめるようになりました。

そして、その頃から上司のAに対する叱責は厳しくなり、Aが自殺した7月頃には、上司はAに対し、「恥を知れ。」、「頭を下げて悪うございました、心を入れ替えて死ぬ気で働きますと言いにこい。」、「会社を辞めろ。」、「辞表を出せ。」などと叱責しました。

なお、自殺した月のAの時間外労働は、約123時間、前月は約101時間で、死亡前6ヶ月の月平均は約90時間でした。

裁判所は、(1)上司による叱責は、他の社員が見ている前で公然と行われていたこと、(2)他部署から注意を受けるほどのものであったこと、(3)「会社を辞めろ。」、「辞表をだせ。」など、会社で稼動することを否定し、また「死ね。」との発言はAの存在自体を否定する暴言であったとし、上司の叱責は、企業での一般的な水準を超えており、心理的負荷は、精神障害を発症させるほど過重であったとして、自殺は業務上災害に当たるとして、監督署長による遺族補償不支給処分を取り消しました。

近年、パワーハラスメント(パワハラ)に関するトラブルが増加しており、労働基準監督署に寄せられるパワハラの相談案件は増加の一途をたどっています。

不景気が続く中、会社としては、従業員に少しでも早く一人前に仕事ができるようになって欲しいという思いであると思われますが、過度の期待を寄せてしまうと、その結果として、上司による行き過ぎた指導を誘発し、また、従業員に過度の重圧を与え、心身を壊してしまうほどの過重労働・長時間労働を生じさせてしまうことになりかねません。

特に、「草食系」と呼ばれる若者が増えている傾向にあることに鑑みますと、今後ますます、パワハラトラブルが増加することが懸念されます。

パワハラのトラブルは、精神障害や自殺に追い込まれる従業員だけでなく、過度な指導を行って従業員を自殺などに追い込んだとされる上司にも大きな損失を生じさせてしまいます。

会社として、社内においてパワハラトラブルが発生しないように予防対策をしっかりと講じておくことが必要とされていると思われます。

月200時間の時間外労使協定(平成22年12月17日判決)

 

石油プラント建設メンテナンス会社の事業所で現場監督に従事していた男性(24歳)が自殺した案件について、平成22年9月に労災認定がなされましたが、同社では時間外勤務について「月200時間まで延長できる」とする労使協定の届出がされていたことが問題となっています。

時間外労働については、ガイドライン(「労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」)が出されており、これにより1か月の限度時間は45時間を超えないものとしなければならない旨が定められています。

他方、同ガイドラインでは、(1)工作物の建設等の事業、(2)自動車の運転の業務、(3)新技術、新商品等の研究開発の業務、(4)季節的要因等により事業活動若しくは業務量の変動が著しい事業若しくは業務又は公益上の必要により集中的な作業が必要とされる業務として労働省労働基準局長が指定するものについては、限度時間に関する規制が適用されない旨が記載されており、今回の事案は建設等の事業にあたるため、ガイドラインの適用外となっていました。

しかし、過労による自殺については、月100時間を超える残業があった場合には、ほぼ労災認定される状況にあることから、遺族を支援する弁護士らは、「自殺すれば労災が認められるような36協定を受理するとは、何のための労働行政か。厚労省が本気で自殺対策に取り組むつもりなら、すぐに改めるべきだ」と指摘し、国に対して改善を求める要請書を提出しました。

今回の事件を契機に、長時間労働についての行政による規制は、今後さらに強化されるものと思われます。

プラスパアパレル協同組合事件(福岡高裁判決 平成22年9月13日)

 

外国人実習生に長時間労働を強制し最低賃金を下回る違法な労働をさせた責任は受入れ機関にもあるとして損害賠償義務を認めた事例

 

本件は、団体監理型研修において、研修を監理する第1次受入れ機関である協同組合が第2次受入れ機関である縫製会社が、研修・実習生ら4名の旅券、預金通帳を強制的に管理し、長時間労働に従事させ、最低賃金を下回る低賃金で労働させていたという事案です。

裁判所は、縫製会社の研修・実習生らに対する不法行為を認めたうえで、協同組合が旅券の預かりに加担した行為、及び縫製会社による違法就労の排除、不適切な管理の禁止、非実務研修の実施等について適切な監理を行い、その結果に基づいて縫製会社を適切に指導すべき作為義務を怠ったことは、研修・実習生らに対する不法行為を構成するものであるとして、縫製会社と同額の損害賠償(計440万円)を命じた第1審の熊本地裁判決(平成22.1.29)を支持し、協同組合の控訴を棄却しました。

外国人技能実習制度については、財団法人国際研修協力機構(JITCO)が「外国人技能実習制度送り出し機関の送出しマニュアル」を公表しています。

このマニュアルでは、外国人技能実習制度についての解説のみならず、改正出入国管理及び難民認定法(平成22.7.1施行)の改正のポイントについての解説や技能実習のための雇用契約書のサンプルなども掲載されています。

外国人技能実習制度の活用をご検討されている経営者の方は是非、ご一読いただければと思います。

日本IBM事件(東京地裁判決 平成22年7月12日)

 

会社分割に伴う転籍について、労働契約承継の効力が争われた事件

 

本件は、分割会社である被上告人との間の労働契約が分割により新設される会社に承継されるとされた上告人らが、労働契約の承継手続きに瑕疵があるため労働契約は新設会社に承継されず、当該分割は上告人らに対する不法行為にあたると主張し、被上告人に労働契約上の地位確認および損害賠償を求めた事件です。1審、2審とも上告人らの請求を棄却したため、最高裁で争われることになりました。

新設分割の方法による会社の分割は、会社(以下「分割会社」といいます。)がその営業の全部または一部を設立する会社(以下「設立会社」といいます。)に承継させるもので、営業を単位として行われる分割会社から設立会社への権利義務の包括承継で、個々の労働者との労働契約の承継については、分割会社が作成する分割計画書への記載の有無によって基本的に決められます。

承継対象となる営業に主として従事する労働者が分割計画書に記載されたときは、当然に労働契約の承継の効力が生じます。

しかし、会社分割は労働者の重大な利害にかかわることから、「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」により労働者の保護が図られています。

分割会社は分割計画書を本店に備え置く日前に労働者と協議する義務を負います。また、会社は、承継される事業に主として従事する者(承継事業主要労働者)、および承継事業主要労働者以外で、分割計画にその者との労働契約を承継する旨の定めがある者(指定承継労働者)に対し、法定事項を書面により通知しなければならないものとされています。

指定承継労働者は、所定期間内に分割会社に書面で異議を申し出ることができ、異議の申出のあった労働契約は、設立会社に承継されません。

最高裁は、本件事件において、会社は従業員に対して最低3回の協議を行い、多くの従業員が承継に同意する意向を示していること、また、会社は上告人らに対する関係では、これを代理する支部との間で7回にわたり協議をもつなどし、設立会社の概要や上告人らの労働契約が承継されるとの判別結果を伝え、在籍出向等の要求には応じられないと回答していることなどから、会社が行った協議は不十分であるとはいえず、上告人らの設立会社への労働契約承継の効力が生じないということはできないという判断を示しました。

本件最高裁判決では、会社からの協議が行われなかったとき、あるいは説明や協議の内容が著しく不十分であるときは、転籍は無効となる旨の判断が示されており、従業員の転籍に関する初めて最高裁の判断として意義が認められます。

従業員転籍事件(最高裁二小判決 平成22年7月12日)

 

会社分割を巡る従業員の転籍について、事前協議なければ無効とした事件

 

本件は、会社分割で新会社に転籍することになった従業員が、転籍の無効の確認などを求めた訴訟です。

最高裁は、「労働者は転籍に異議を申し出ることができないが、それは会社側が協議や説明をしていることが当然の前提」と指摘し、会社が全く協議を行わなかったり、説明が著しく不十分だったりした場合は、労働契約の承継は無効になるとの判断を初めて示しました。

最高裁は、上記の判断を示したうえで、本件については、会社側が十分な説明をしたと判断して、原告側の上告を棄却しました。

会社分割の場合は包括承継であるため、会社としては当然に従業員との労働契約も承継されるものと考えてしまいがちですが、承継法5条に基づく協議をきちんと行っておかないと、後から労働契約の承継の無効が主張されることもありうるということを、理解しておく必要があります。

コーセーアールイー事件(福岡地裁判決 平成22年6月2日)

 

新卒者の内々定の取り消しは労働契約締結過程の信義則に反し違法とした事件

 

本件は、不動産会社から採用の内々定を得ていた男子学生が、内定通知書授与予定日の2日前になって突然、会社が一方的に内々定を取り消した行為は違法だとして、会社に対し、115万5000円の損害賠償金の支払いを求めたものです。

裁判所は、内々定は正式な内定とは明らかに性質を異にするものであって、「正式な内定までの間、企業が新卒者をできる限り囲い込んで、他の企業に流れるのを防ごうとする活動」であるとし、始期付解約権留保付労働契約が成立したものとはいえないとし、内々定による労働契約の成立を否定しました。

しかし、採用内定通知交付日の日程が決まり、そのわずか数日前に至った段階においては、会社との間で確実に労働契約が締結されるであろうとの原告の期待は、法的保護に値する程度に高まっていたというべきであるとし、それにもかかわらず、突然、内々定取消通知を送付して内々定を取り消した会社の行為は、労働契約締結過程における信義則に反し、原告の期待利益を侵害するものとして不法行為を構成するとし、会社の損害賠償責任を認め、原告の慰謝料を85万円としました。

近時、内定取消、あるいは内々定取消などが行う会社があるようですが、大学の就職課では、内定取消等を行った会社については、翌年以降、学生に勧めることは決してしないそうです。優秀な人材の確保のためにも、内定取消等の事態を発生させることはできるだけ避けるようにしていただきたいと思います。


大庄事件(京都地裁判決 平成22年5月25日)

 

月80時間の残業が組み込まれた勤務での新人の過労死について取締役らの損害賠償責任を認めた事例

 

本件は、全国チェーンの大衆割烹店を経営する会社の新入社員が、急性左心機能不全により死亡した事案につき、会社に対し、安全配慮義務違反による損害賠償責任を認めるとともに、会社の取締役に対し、長時間労働を前提とした勤務体系や給与体系をとっており、労働者の生命・健康を損なわないような体制を構築していなかったとして会社法429条1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)に基づく責任を認めた事例です。

この会社では、給与体系において、基本給部分にあたる最低支給額に、80時間の時間外労働時間をくみこんでおり、時間外労働が月80時間に満たない場合は、ここから不足分を控除する仕組みをとっていました。

また、36協定では、1か月100時間・6か月を限度とする時間外労働を許容しており、特段の繁忙期でもない時期においても、100時間に近いあるいはそれを超える時間外労働が行われていました。

裁判所は、会社の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を認め、さらに、社長ほか3名の取締役について、労働時間が過重にならないように適切な体制をとらなかっただけでなく、一見して不合理であることが明らかである体制に基づいて労働者が就労していることを十分認識していたものであるから悪意又は重大な過失があったとして、会社法429条に基づく損害賠償責任を認め、会社および取締役らに対して約7860万円の支払いを命じました。

飲食の事業においては、どうしても従業員の労働時間が長時間になりがちです。他方、長引く不況の中で、企業が利益を上げるためには、労働コストの削減が必須であるというのが産業界全般にわたる共通の認識だと思われます。

ただ、本事件のように明らかに不合理な内容の労働管理を行っていると、会社の安全配慮義務違反だけでなく、取締役の損害賠償責任まで問われることになりかねません。

本事件は、加熱する企業の労働コスト削減対策に一石を投じるものであると思われます。

阪急トラベルサポート事件(東京地裁判決 平成22年5月11日)

 

添乗員の添乗業務に「みなし労働時間制」が適用されないとされた事件

 

本件は、阪急交通社の子会社である阪急トラベルサポートの派遣添乗員が、「事業場外のみなし労働時間制」の適用は不当だとして、未払い残業代約56万円の支払いを求めた訴訟です。

東京地裁は、労働基準法第38の2第1項で定めるみなし労働時間制は、「労働時間を算定し難い」ときに例外的に使用者の労働時間算定義務を免除するものであり、社会通念に従い、客観的にみて労働時間を把握・算定することが可能である場合には、事業場外の労働でも労働基準法38条の2第1項の適用はないというのが相当であるとし、そのうえで、添乗員の添乗報告書や添乗日報、携帯電話による確認等を総合して、会社が派遣添乗員の労働時間を把握することは、社会通念上可能であるという判断を示し、原告の請求を認容しました。

かかる判断に対し、会社は「業務実態からかけ離れた判決で承服できない」として、控訴する方針を示しているとのことです。

一方、本件と同様の事案で、阪急トラベルサポートに対して別の派遣添乗員が未払い残業代の支払いを求めた訴訟で、東京地裁は、「海外ツアーの添乗業務への「みなし労働時間制」の適用は妥当」との判断を示しめしています(東京地裁判決平成22年7月2日)。

本件は、海外ツアーの派遣添乗員が、海外ツアーの添乗業務について会社が「みなし労働時間制」の適用を理由として残業代を支給しなかったとして、約77万円の支払いを請求した事件です。

東京地裁は、原告の海外ツアー添乗業務について、原告は、(1)単独で添乗を行っており、会社から貸与された携帯電話を所有してはいたが、随時会社に連絡したり、会社の指示を仰いだりしていなかったこと、(2)会社に出社することなくツアーに出発し、帰社することなく帰宅していたこと、(3)行程表は大まかなもので、そこから労働時間を正確に把握することはできないこと、などを理由として本件添乗業務は、「労働時間を算定し難いとき」に該当するとしました。

多くの旅行会社は添乗員についてみなし労働時間制を採用していることから、平成22年5月11日の東京地裁判決は、旅行会社にとって衝撃的なものであったと思われます。

ただ、同年7月2日には、同じ東京地裁で異なる判断が示されていることから、添乗員へのみなし労働時間制の適用の可否については、今後の裁判所の判断が注目されるところです。


機械部品製造会社事件(最高裁一小判決 平成22年3月25日)

 

退職後、同種の事業を営み、その取引先から仕事を受注した行為は、自由競争の範囲を逸脱した違法なものとはいえず、不法行為には当たらない。


本件は、金属工作機械部品の製造等を業とするX会社を、退職後の競業避止義務に関する特約の定めをすることなく退職した従業員が、別会社を主体としてX会社と同種の事業を営み、その取引先から継続的に仕事を受注した行為について、不法行為に当たるか否かが争われた事案です。


最高裁は、(1)X会社の営業秘密を用いたり、その信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったものではないこと、(2)X会社と取引先との自由な取引が阻害された事情は伺われず、退職した当該従業員がその退職直後においてX会社の営業が弱体化した状況を殊更利用したともいえないという事情のもとでは、社会通念上、自由競争の範囲を逸脱するものではないとし、退職した従業員の行為は、X会社に対する不法行為には当たらないとしました。

もみじ銀行事件(最高裁三小判決 平成22年3月16日)


退職慰労年金制度廃止の効力を退任した取締役にまで及ぼすことは許されない。

 

本件は、取締役を退任した上告人が、打ち切られた退職慰労年金の支給を求めた事案です。

最高裁は、退任した取締役が銀行の株主総会決議による個別の判断を経て具体的な退職慰労年金債権を取得した以上、退職慰労年金について、集団的、画一的処理が制度上要請されるという理由のみにより制度廃止の効力をすでに退任した取締役に及ぼすことは許されないという判断を示しました。


日本レストランシステム事件(東京地裁 平成22年4月7日判決)


アルバイトに適用した変形労働時間制は労働基準法に規定される要件を満たしていないとして、残業代請求を認容した事例

  

本件は、パスタチェーン店のアルバイト社員だった20代の男性が、4年余りの勤務期間にタイムカードに打刻した労働時間のうち、残業代など約20万円が支払われていないとしてその支払と、未払い残業代と同額の付加金の支払いを求めた事案です。

本件において、会社は、学生アルバイトの場合、1カ月単位の予定を定めることは困難であることから、半月ごとにシフト表を作成し、半月単位で変形労働時間制の要件を満たしていたと主張しました。

これに対して、裁判所は、会社の対応は、労働基準法に従った変形労働時間制の要件を満たしておらず、会社の主張は採用できないとして、残業代の請求を認容し、付加金を含めて約12万円の支払いを会社に命じました。

また、会社は、労働時間の管理について、シフト表による管理とタイムカードによる管理の両方を行ったうえで、賃金の算定については、シフト表に従って行っていました。

これについて、裁判所は、労働の実態を表しているのは、タイムカードの出退時間であるという判断を示しています。


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